2010年11月28日

アンドリュー・マーレー「キリストの十字架」公開!

クリスチャン古典ライブラリーにアンドリュー・マーレー著「キリストの十字架」が新たに公開されています。最近はライブラリーが頻繁に更新されていることを嬉しく思っております^^。

このマーレーの著書の目次にある「御霊は十字架に導く」「十字架は神への道」というタイトルを見ただけでアーメンがこみ上げ、拡声器を使って内容を大声で叫びたい衝動に駆られますがキスマークsoonどんっ(衝撃)ダッシュ(走り出すさま)耳耳、その衝動を十字架につけてまずは自分自身に語りたいと思います・・・(^^ゞ

アンドリュー・マーレー「キリストの十字架」
http://www.geocities.jp/ogcclib/book27.html
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posted by クマ郎 | Comment(2) | TrackBack(0) | 真理の学び 十字架 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初臨のキリストと春の祭りの成就

@初臨のキリストは春の祭りを成就した

春の祭り

@過越の祭り(=イエスの十字架死、罪を贖うキリストを象徴)
A種を入れないパンの祭り(=罪のないキリスト、命を養うキリストを象徴)
B初穂の祭り(=イエスの復活を象徴)
C七週の祭り(=聖霊降臨、教会の誕生を象徴)
         ↓
イエス・キリストは、私たちの罪のために十字架で死んで、三日目によみがえり、40日の間弟子たちに現われた後で昇天し、10日後に聖霊が下って教会が誕生した
         ↓
初臨のイエスは“苦難のしもべ”(イザヤ53章)として地上に来られ、春の祭りを完全に成就した

Aイスラエルに収穫がみられない夏は、多くの異邦人が救われる時代を象徴している

春の祭りと秋の祭りの間には、暑くて雨がほとんど降らない長い夏がある
         ↓
夏はイスラエルに雨が降らず、収穫がみられない時期(太陽暦の5月〜10月頃までは乾季)
         ↓
教会が誕生した当初、教会には多くのユダヤ人が存在していたが、ユダヤ人はかたくなになり、救いは異邦人へと向けられていった(=収穫をみた春が終わり、収穫のみられない夏がやって来た)
         ↓
ユダヤ人は“王”として地上に千年王国を建て上げる政治的メシアを待ち望んでいたために、“苦難のしもべ”として来られた初臨のイエスにつまずいた(ローマ9:32)
         ↓
雨の少ない夏の時期は、多くの異邦人が救われる時代(ローマ11:11、11:25〜26)を象徴している 関連記事:「異邦人の救いの目的
         ↓
しかし、終わりの日において、神は再びユダヤ人に恵みを戻し始める(=収穫のない夏が終わって、収穫のある秋が来る)

では、尋ねましょう。彼らがつまずいたのは倒れるためなのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それは、イスラエルにねたみを起こさせるためです。(ローマ11:11)

兄弟たち。私はあなたがたに、ぜひこの奥義を知っていていただきたい。それは、あなたがたが自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。その奥義とは、イスラエルの一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。(ローマ11:25〜26)


B再臨のキリストは秋の祭りを完全に成就する

再臨のキリストは、“王”として地上に来られ、秋の祭り(角笛を吹き鳴らす祭り、贖罪の日、仮庵の祭り)を完全に成就される
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イエス・キリストの再臨の時、イスラエルは救われる(ゼカリヤ12:10)
             ↓
イエス・キリストの再臨後、勝利したクリスチャンはキリストとともに王として支配する

わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者を、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように、その者のために激しく泣く。(ゼカリヤ12:10)

また私は、多くの座を見た。殻らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、この額に獣の刻印を押されなった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。(黙示録20:4)

初臨のイエス・・・「しもべ」として十字架で死ぬために来られた
再臨のイエス・・・「王」として支配するために来られる(千年王国)

今の時代・・・クリスチャンは自分の十字架を負うべき(この世、肉を頼みにしない)
次の時代・・・千年王国において、勝利したクリスチャンはキリストとともに支配する

初臨のイエスを個人的に受け入れることによって春の祭りの恵み(罪の赦し・信仰義認・新生・聖霊の内住・聖霊の注ぎ)にあずかったクリスチャンは、その恵みを用いて秋の祭りに備えるべきである
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春の祭りの恵み(罪の赦し・信仰義認・新生・聖霊の内住・聖霊の注ぎ)は、放縦のためではなく、秋の祭り(キリストの再臨・さばき・イスラエルの救い・千年王国)に備えるためのものである
             ↓
イエスのたとえ話は、この備えの重要性を繰り返し強調している(マタイ18:22〜35、マタイ22:14、マタイ25:1〜30、ルカ12:42〜48、ルカ15:11〜32、ルカ19:11〜27)
             ↓
ユダヤ人は“苦難のしもべ”として来られた初臨のイエスにつまずいたが、クリスチャンは“王”としてさばきに来られる再臨のイエスにつまずく可能性がある

次のことばは信頼すべきことばです。「もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。もし耐え忍んでいるなら、彼とともに治めるようになる。もし彼を否んだなら、彼もまた私たちを否まれる。私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」これらのことを人々に思い出させなさい。(Uテモテ2:11〜14)

私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。(Uコリント6:1)
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タグ:「例祭」
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2010年11月25日

どーでもいい話・・・

ブックオフの宗教書コーナーで・・・





小坂忠の本を発見して・・・





パラパラめくって少し立ち読みした・・・





信仰の証しが書かれているページを読むと・・・





強い違和感を感じ・・・





もう一度本の表紙を確認してみると・・・





上田正樹創価学会の証し本でした・・・ふらふら

Believe―夢を生きぬいて [単行本] / 上田 正樹 (著); 第三文明社 (刊)

↓小坂忠氏。う〜む、似ているような気がする・・・

夢を聞かせて [Maxi] / 小坂忠, 細野晴臣, Asiah, Tin Pan Alley (その他) (CD - 2001)

アホーみたいっ♪


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